小説 舞の楽園 ( 障害者の息子 )
- 2020/12/12
- 23:58
障害者の息子 < 38 >
月曜日、普段お家でしているお化粧よりもちょっと濃い目のお化粧を施しまして、
今日の為に特別に誂えました紺のツーピースを身に纏いまして、市営住宅を後にしまし
た。
もうご近所の目を気にしないことにしておりますので、気後れはしておりません。堂々
と黒のハイヒールの音を響かせて車に乗り込みました。
軽自動車に乗り込む際に、駐車場の向かいの棟に住んでいる奥様がベランダに出ていま
してこちらを見ておりました。いつもこの時間になると、洗濯物を干している奥様です。
私はニッコリと笑って頭を下げました。
奥様は一瞬だけ不思議そうな顔をしましたが、矢張り頭を下げました。奥様は私の車の
止めてある位置を確認した上で、何時もは男の姿の私が女の姿になっているので、不思
義に思ったのでしょう。
正人様が乗り込んで車を発車する時に窓越しに見ますと、呆然とた様子でこちらを
見ておりますが、私は平然とエンジンを掛けました。
もう私が女になっていることは、市営住宅全体に広まってしまうでしょうが、私は正人
様とお約束をしたのです。『自分らしく生きて行こう』と・・・
正人様の愛さえあれば、私は平気です。
何時ものように正人様は養護施設の正面の前で私にキッスをして下さいまして「理佳。
行ってお出で。大変だろうが頑張るのだよ・・・」と言ってくれました。
「あなた。あなたもお気を付けになって・・・」とキッスを返し、ハンカチで彼の口元
に付いた口紅を拭っていました。
車の外には、養護施設の先生の呆れたような顔がありましたが、私は平然と会釈をして
おります。
施設は身体や脳に不自由な子供さん達が多いので24時間開いております。事務室
には常時2人か3人の人が居ることになっています。
私が周射場に車を止めて歩き出すと、施設長さんが窓からこちらを見て手を振ってお
りました。施設長さんは何時もは時間ギリギリにいらっしゃるのに、今日は私が心配
になって早くいらっしゃった見たいです。
施設長さんは本当に心が温かい方なのです。
「おはようございます」
私が颯爽と(でも・・・ありません)実際はオズオズと事務室の扉を開きますと2人
の女性のパートさんが訝し気な表情でこちらを注目していました。
私が机に近づいてハンドバックを置きますと、私だと気付いたようです。
「あらっ・・・飛田さんじゃないの・・・?どうしたの・・・?」
「飛田さん。女になっちゃったの・・・?」
2人のパートさん達は驚いて駆け寄って来ました。施設長さんも『本当に女になって
出て来たんだ・・・』と言う表情を浮かべて、手を上げて「おはよう」と答えていま
した。
ハイヒールの音をコツコツと響かせながら施設長さんの机の前へ進み、「お世話に
なります」と声を掛けます。
「いいよ!皆が揃ったら、紹介しようと思っているのだが・・・」
「はい、宜しくお願いいたします」と私は答えていましたが、きっと緊張で顔は強張
っていたことでしょう・・・
「如何したの・・・?」
「ねえ、だけど・・・良く似合うわよ。私達よりも美人に見えるんじゃない・・・?」
2人のバイトさん達に纏われ付かれましたが、私は「宜しくおねがいします」とウィ
ッグを冠った頭を下げておりました。(続く)
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