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粕谷整形外科病院


    
        粕谷整形外科病院 - < 3 >
  薄暗いバーの室内で、そこだけは蛍光灯の光が当たっているカウンターの中で氷を
割っている女がいた。割り終えたのか顔を上げて、両手を前に伸ばしている。
剥き出された白い撫ぜ肩に細い紐で吊った紫のロングドレスを着た女が両腕を前に出す
仕草は癖であろうが、チョット不釣合いである。
まるで外科医が手術の前に手術用の薄い手袋を嵌めて、手を差し出してメスを受け取る
ような仕草に似ていた。
圭太は見るとも無しに氷を割り終えたその女性を見ていたが、自分が外科医であるこ
とを思い出してドキリとした。
次に女性は右手で顔を隠していた長い髪を掻き揚げて耳に挟んだ。横顔が露になり、圭
太はその顔に見覚えがあるような気がしている。
「オッ・・・」と思ったのだ。

 圭太は先程その女性がした外科医のように手を前に差し出す癖を持った男性を1人
だけ知っていた。
それは・・・横顔を見せている女性であり、内野孝と云う圭太と同じ大学病院に勤めて
いる、レントゲン技師であった。病院内では余り会うことは無いが、圭太が信濃町の
病院に副部長として赴任してきた時に彼に会った時に、その動作を見て「オヤッ・・・」
と思ったのだ。
付け睫をして、白粉とアイライン、アイシャドーを塗って、唇には真っ赤なルージュが
付いてはいるが、その女性の横顔は内野孝と云うレントゲン技師と似ていた。
ここがゲイバーであることを考えると、『内野孝が女装をして店に出ているのは間違いな
い』と思ったのだ。

 灯の当たっていない暗がりのカウンターから圭太がジッと見詰めていることを知らな
い彼女はオシボリで手を拭いてから近づいて来た。
シゲシゲと穴の開くほど自分の顔を見ている圭太に気付いたようだ。
「アッ。粕谷先生・・・」
声にはならなかったが彼女の唇がそう動いた。
彼女にしては突然だったのだろう。立ち竦み、見る見るうちに顔が蒼白になった。
圭太の後ろで大笑いをしている連中には伝わらなかったが、彼女の周囲の空気がピーン
と張り詰めたように圭太は感じている。
カウンターの中に入ろうとしたママさんが、何かを言おうとして息を飲んだ。

 「内野君だね。このようなところで・・・アルバイトかな・・・?」
圭太は低い声で言った。
圭太のいる大学病院は原則的にはアルバイトは禁止である。しかし、医師の中には病院
を兼務している者いることを、圭太は知っていた。まあ、公然の秘密と言っても良い。
けれども・・・このようなゲイバーで女装をして働いていることを病院が知ったならば、
病院としても想定外の出来事であると思われ、何らかの罰は受けさせられるだろう。
悪くすると頸になることもありえるようだ・・・。(続く)

 
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