小説 舞の楽園 ( 粕谷整形外科病院 )
- 2021/05/08
- 23:43
粕谷整形外科病院 - < 35 >
「そんな・・・内野さん・・・」
「わたしは貴方よりも15も年が違うのよ。この子のために貴方が・・・そんな無理を
して欲しくはないの・・・。わたしは独りでこの子を育てるわ・・・」
突然の孝子の言葉に君枝は動揺してしまったようだ。そして、感動してしまって、涙さ
え見せている。
『この部屋の中では女になっているけれども、流石に内野さんは男だわ。自分を犠牲に
してまでもわたしとこの子を救おうとしているのだわ・・・』思わず大きくなったお腹
を抱えて感動してしまったのだ。
「無理はしていません。貴女が言う年の差なんて・・・なんですか?愛している者に
とって年齢なんて関係ありません」
ちょっと怒ったように孝子は言っている。
「それとも、橋立さんは僕のことを嫌いなんですか・・・?奴隷女になった僕を軽蔑
しているのですか?僕と結婚してください!貴女を大切にいたします。お願いします」
孝子はとうとう言ってしまっていた。真っ赤になって、頭まで下げていた。
圭太は思わぬ展開に、目をパチクリさせているばかりであった。
君枝は孝子の男らしい言葉に驚いてしまって、涙が溢れている。今まで考えもしな
かった「結婚」と云う言葉に動揺して感動してしまっている。
しかし君枝も、病院内では患者さんに優しい内野孝を知っているだけではなく、女王
様としてでは無くして女性として好感を持って見ていたことを思い出していた。
そして、急速に孝に対して思慕の念が湧き上がって来たのだ。
「内野さん。嬉しいわ。本当に・・・わたしでいいのですか・・・?こんなに年を取
ったお婆ちゃんを・・・本気にしても・・・いいの?」
そう言う君枝は女王様としての欠片もなく、20の乙女のように恥らっている。
「本気にして下さい。ただし・・・」
君枝の言葉が終わらないうちに、孝子は強い口調で言いかけたがハッと気付いたようで
「ただし・・・」と言ったきり下を向いてしまった。
君枝は何を言われるのか身構えたが、今までは第3者の立場に置かれていた圭太には、
孝子の言わんとすることが判ったような気がしたいた。
「橋立婦長さん。僕は・・・僕は男として不能なのです。貴女に満足を与えられない
かも知れないのです。それでも良かったら・・・僕と結婚して下さいませんか?」
暫く俯いていた孝子は、やがて思い切ったように言い出した。
孝子の男性自身は今や大きく勃起することが無くなっていることを知っている圭太は
『矢張りそうか・・・』と思い、自分が孝子をこんな風にしたのだと責任を感じて
後悔している。
「そんな・・・内野さんはとっても男らしいわ。ただし・・女性に対しては優し過ぎる
けど・・・。このようなわたしでも宜しかったら・・・どうぞ、可愛がって頂きとう
ございます」
君枝は何を言われるのかと心配していたが、孝子の言葉に安心したようにニッコリと
笑って軽口を叩き、それから真っ赤になって真剣な口調で言っている。
『何時もの彼女は男勝りなのに・・・こんな女らしい一面もあったのか・・・』と圭
太は思っている。
粕谷整形外科病院としても、優秀なレントゲン技師と敏腕な看護師の2人を失うこと
が無かった訳である。
この話し合いの主催者としては結果オーライに終わったことは、ヨシとしなければな
らないが、ちょっと残念に思っている圭太である。(続く)
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