山小屋での出会い
- 2021/08/13
- 23:00
山本小屋での出会い < 2 >
「お独りですか・・?」
お茶の入った大きなヤカンでお茶を湯飲みに注ぎながら、彼は私に話しかけています。
その声は低いのですが優しそうです。
「ええ・・何時もそうなのですよ。貴方・・は?」
余りに良い男の人なので、私はドキドキしながら答えています。山の信仰も崩れそう
です。
第一、その男の人は私の理想に近かったのです。
「わたしも独りなのです・・。以前は女房と2人で山に来ていましたが・・」
そう言って寂しそうな笑顔を浮かべるのです。
『奥さんが居るのか・・』と私は思いながら、食事を済ませて立ち上がりました。
すると彼も食事が終わって立ち上がったのです。
「煙草は吸いますか・・?」
食堂を出ようとしていますと、彼が近づいて来て尋ねるのです。煙草を吸える場所を
探している見たいなのです。
私は普段は吸わないのですが、学生時代から山の頂上での一服の味が忘れられ無くっ
て、フィリップメンソールの細身の煙草を持参しているのです。
勿論、学生時代はメンソールなんてありませんでした。スリーAでしたが・・
「この部屋の中では吸えませんねぇ・・外に出て吸いましょう・・よ。わたしも吸い
たいな・・と思っていたところなんです」
胸のポケットに煙草があるのを確認して、山靴を履いて外に出たのです。なんだか
彼と一緒にタバコが吸えるのが嬉しかったのです。
陽はまだ暮れていなく、もうちょっとしたら夕焼けが見られる・・と思わせるよう
な良いお天気でした。
小屋からちょっと離れた1番見晴らしの良いところに、大きなブリキの缶を半分に
した灰皿が置いてあります。さっきの散策の時に見ていたのです。
彼と私は並んで傍の石に腰を掛けました。
ポケットからライターを取り出した彼が、私のフィリップモリスに火を点けてくれ
てから、自分のラークに火を点けています。
「細い煙草ですね・・外国製ですか・・?」
煙を鼻から吐き出しながら、火を点けた私の煙草の細さに驚いたように言ってきま
した。
「ええ・・煙草を控えようと思っていますので・・」
私が吸っている煙草は女の人が吸うような煙草なのです。
彼に「女のようだ・・」と言われたように私は感じて、焦ったように言い訳をして
います。
私の白い貌は耳まで赤くなっていました。
彼と私は並んで座って暫くは黙って、沈みゆく夕日と山並みを見詰めていました。
先程食堂での彼の言葉の続きを、私は考えておりました。
彼の寂しそうな表情が頭の中から離れないのです。
「奥様は今日は見えませんね・・」
彼が2本目の煙草に火を点けるのを見ながら彼に問うていました。
「女房は癌で死にました。女房はこの山が好きでして、2人で良く来たものです・
・・」
ラークを1口大きく吸い込むと煙を吐き出して、寂しそうな表情でポツリと言った
のです。
彼の悲痛な告白に衝撃を受けました私は、彼の方を見られなかってのです。
「それは・・お悔みを申し上げます。つまらぬ質問をしてしまって、お許しくださ
い」
ややあって・・お悔みを申し上げてから謝っています。
「いや。いいのですよ・・。わたしの方こそ、妻が死んだショックを引きずっ
ているようで・・失礼しました。女房もこんな女々しいわたしを嫌だと思っている
ことでしょう・・」
そう言って、気を取り直すようにニッコリと微笑んだのです。
その笑顔はちょっと寂しそうだったのですが、私にはとても美しいものに写ってい
ます。凄く優しい人だな・・と思いました。(つづく)
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