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小説 舞の楽園 ( 図書士の恋 )


 
図書士の恋 - ( 2 )

   8時になりました。表の照明を落として玄関の錠を下ろしていると、彼が閲覧室の
 椅子に座って何かを見ています。
 { 彼がその本を借り出すかもしれない、}と思って、貸し出し用のパソコンだけを残
 して他のパソコンの電源を切ります。
 再び彼の方を見ますと、何か一生懸命に読んでいます。
 私は給湯室に入りお茶を2つ注れました。
 「お仕事の本ですか・・?どうぞ・・」
 2つの湯飲み茶わんと貰い物の袋入りの一口サイズの最中をお皿に乗せて、彼の背後か
 ら近づき声を掛けました。
 「ええ・・あっ、どうも・・すみません」
 お茶の茶碗の1つを彼の前に置き、お菓子を乗せた茶器を押しますと、彼はニッコリ
 笑って頭を下げます。
 { いつものラフな格好も良いけれども、背広も似合って素敵だな・・}と思っていた
 私はニッコリと笑った笑顔に引かれました。

  「ちょっと・・お邪魔しても宜しいですか・・?」
 そう断って、彼から椅子1つ離れた対面にお菓子を置き、椅子を引いて座りました。
 図書館の閲覧机は6人ぐらいは座れるほどに大きいのです。
 私がお茶を飲んでいる5~6分程、彼は用紙に何かを書き込んでおりました。
 やがて本を綴じて、書き込んだ用紙をカバンに仕舞うと私と向き合いました。
 「図書士の方ですよね・・?」
 { 余り注視するのも悪いかな・・}と思い、本棚の方を見ている私に声を掛けて来
 ました。
 「エエ・・図書士の箱崎光貴です。あなたは土曜日に良く来られますね。このお近く
 なのですか・・?」
 首から掛けている職員証を手で持って、私は自己紹介をしました。
 「アッ・・僕は藤沢満と申します。三沢町に住んでいます。土曜日が休みなもので・
 ・散歩がてらに・・」
 私が自己紹介しましたので、彼は慌てて自己紹介をして、私の質問にも律儀に答え
 ております。
 三沢町と言うのは、この図書館から駅を挟んで向こう側です。1kmぐらいはある
 でしょう・・

「いつも・・こう云うことをして下さるのですか・・?」
 「こう云うこと・・とは?」
 私の注れたお茶を1口飲んだ彼は不思議そうに言います。彼の質問の意味が解らずに
 私は聞き返しました。
 「いやぁ・・図書館に残ったお客にこうしてお茶を出しているのかな・・と思って」
 「いえ。初めてです。あなたが駈け込んで来たので・・ちょうどわたしも咽が渇いて
 いましたので・・どうかな?・・と思って・・」
 普段は玄関の扉を締めると直ぐに帰り支度をするのですが、今日は彼がいますので
 お茶でも飲んでから帰ろうかな・・と思ったのです。
 照明が消えた図書館で、1人で飲むお茶は寂しいので、ついでに彼の分も注れたの
 です。
 「いやぁ・・特別なんだ!嬉しいな・・。それじゃぁ・・頂きます!」
 非常に嬉しそうにそう言うと、最中の小さな袋を破いて一口に齧り付きました。
 「う~ん。美味しい・・!」
 口の周りに付いたアンコを手で拭う動作が子供みたいで、思わず微笑む私でした。

「明日からは会社も休みなのです。7連休ですよ・・」
 ・・と言う彼にお付き合いをして、9時ちょっと前までたわいのないおしゃべりを
 しました。
 会社は中堅の広告会社で、私も名前ぐらいは知っている会社です。
 独身で32歳。三沢町の公団マンションに住んでいるとのことです。
 私も46歳、この近くのアパートに住んでいると言うことと、女房に逃げられた
 しがない中年だ・・と言うことを話しました。
 初対面の彼にちょっと話過ぎたかも知れません。彼は聞き上手なのです。

「ウワァ・・もうこんな時間なのか・・?道理で腹も空く訳だ・・!」
 「どうです・・?ご飯でも食べて行きませんか?どうせ、待っている人は居ないの
 でしょう・・?奢りますよ!」
 壁に掛かっている時計を見て、彼はフランクな口調で私を誘います。
 「いや。わたしの方こそ奢らせて下さい。年下の人に奢られるのも恥ずかしい・・」
 私も大分フランクな気持ちになっていました。
 「ちょっと・・待っていて下さい・・」
 パソコンのスィッチを切り、館内のガスの元栓や、電気のスィッチ等を確認してか
 ら、道路を隔てたところに建っている市役所の守衛室に鍵を返して来ました。(
 つぐく)
 





















 


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