小説 舞の楽園 ( 図書士の恋 )
- 2022/03/08
- 23:25
図書士の恋 - ( 3 )
< 喫茶店で・・ >
街灯の点いている歩道を2人は並んで歩いています。
「こっちのほうは・・如何ですか?」
「アア・・わたしはまったくダメなんですよ・・不調法でスミマセン!」
お猪口を啜る仕草をして彼が聞いて来ましたので、私は飲めないことを告げて謝って
います。
「飲むのですか・・?」
今度は私が聞きました。
「いや・・僕も飲めない口で・・その代り・・と言ちゃぁなんですが、煙草は一日一
箱は吸うのです。
「煙草は・・?」
並んで駅の方へ歩きながら、彼は快活に言うのです。
「煙草も吸いません!・・でも構いませんよ。臭いは嫌いではありませんから・・」
「それじゃぁ・・ここの喫茶店に入りましょうよ!夕食もありのです!」
歩きながらこれから行くところを考えていたのでしょう、私がお酒は飲めないことや
煙草は吸わないけれども匂いは嫌いでもないことを知ると、表通りから1本入った
ところにある喫茶店へさっさと入って行きます。
{ 強引なところがあるな・・彼らしい・・」と思いました。
「今晩は・・」
「いらっしゃい」
常連らしくって彼はカウンターの中に居るマスターに挨拶をして席に着きます。
その喫茶店は私も何度か来たことがあります。小さな喫茶店です。
ご夫婦で営業しているらしくって、奥さんと見える女の人がお冷とオシボリを持って
来ました。
「僕は・・何時もの焼肉を。あなたは・・?」
「わたしも・・焼肉定食を・・」
「それと・・アイスコーヒーを2つね・・。あっアイスコーヒーでいいですか・・・」
私が頷くと、アイスコヒーと焼肉定食を2つづつ注文しました。
2つ膳が運ばれて来ます。1つは大盛です。彼が「何時もの・・」と言った意味が
分かりました。
定食を食べてアイスコーヒーを飲みました。
「僕は推理小説が好きなのです。特に横溝正史の小説なんかが・・」
私が図書士だと云うことを知った彼は気を使ったのでしょう、本の話を始めました。
「でも・・推理小説なんて・・幼稚でしょう・・?」
「そんなことはありませんよ・・でも、本が好きなのですね」
「今はパソコンで何でも見られてしまうので・・本を読む若い人が減っていますか
ら・・」
彼は煙草を吸いながら、そんな話をしました。
その日は1時間ぐらいお話をして、アパートに戻ったのです。
あっ・・そこの喫茶店の支払いは「誘ったのは僕ですから・・」と言う彼に支払っ
て貰いました。
男らしい彼の態度に、私の高感度はウナギ登りです。
何時もは読書を習慣としておりますが、その日の夜は何か眠くなりましたので、早
目に布団へ入っています。
彼の夢を見るか・・と思ったのですが、夢も見ませんでした。
< 心待ちにしていた彼 >
私の職場の図書館は5月の連休中でも開いています。
その代わりと申しては何ですが、連休が終わってから休みを貰うのです。
もう1人の女性の図書士は連休後半の土・日・月曜日と彼女の夫の田舎へ行くと
のことでお休みなのです。
その最後の土曜日、彼は図書館には来ませんでした。
彼にお会いしたら、先日誘って頂いて楽しかったことを話して、お礼を言う積り
でしたが、残念な気持ちです。
朝、開館の時から、チラリ・チラリと入り口の扉が開く度にそちらを見ますが、
夕方になっても彼は現れませんでした。
{ 彼女と旅行にでも行ったのかな。連休だし・・}と寂しく思いながらも諦めに
にた気持ちです。
{ 連休の予定でも聞いておけば良かったかな・・}とも思っていました。
男でも女でも人間と云うものは、心の中でその人を待っていると、その人が恋し
くなるものですね・・知らず知らずの内に、そう云う心境になっていたようです。
連休も最終日の月曜日のことです。
散々待った彼は来館しないので、私は諦めて仕事に精を出しておりました。
彼が顔を出すのではないか・・と思って、返却された本も机の上に山積み状態
です。
夕刻も6時も大分回った頃です。
「箱崎さん。お客様よ・・」
返却された本を棚に戻していると、パートさんが作業をしているところに顔を出
して言いました。
{ だれだろう・・?本のことで聞きたいと云う人かな・・?}
彼のことはもう諦めておりましたので念頭にも浮かびません。本の置かれてい
る書庫から出て行きますと、彼がカウンターに寄り掛かっているではありませ
んか・・
何時ものカジュアルな服装とこの前のようにカッチリとスーツを着込んだ服装の
中間ぐらいの姿の彼です。(つづく)
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