小説 舞の楽園 ( 図書士の恋 )
- 2022/03/09
- 23:46
図書士の恋 - ( 4 )
「コンバンハ・・」
片手を挙げて挨拶をしております。
「田舎から急に呼び出されましてね。『連休だから帰って来い!』と言うのです。去年も
一昨年も帰っていないし、それで帰ったのです・・」
「これ・・お土産です・・」
カウンターの端に置いたお菓子の箱を取り上げて、パートさんに渡しています。パートさ
んは笑顔です。
「ありがとうございます。何か悪いですね。どうぞ・・こちらへ・・」
彼にお礼を言い、事務所の扉を開けて、招き入れました。
扉を締める時に、パートさんにお茶を出してくれるように頼んでいます。
事務室にある机の前の椅子に腰を降ろした彼は何故かキョロキョロとして、辺りを見回し
ています。
「ここは・・禁煙ですか・・?」
「いいえ。別に・・」
私が答えるより先に、彼はホッとしたような顔を見せて、胸のポケットからラークを取
り出しました。
「いやっ・・近頃は電車の中でも、駅も、どこもかしこも禁煙になっていましてね・・
もうタバコが吸いたくって・・」
立っているついでに傍の棚の上に置いてある灰皿を彼の前に置くと、火を点けてから
いかにも旨そうに1服しましてそう言いました。
帰り道も余程吸いたかったのでしょう・・
「1日1箱ですか・・?その煙草はお幾らなんですか・・?450円としまして、月に
30箱、13500円。年に12を掛けて162000円・・も煙にしているのです
か・・?」
「そうです・・!その8割ぐらいが税金ですから、130000円も他の人よりも余分
に税金を支払っているのですよ・・」
「もっと、優遇してくれてもいいと思うのですがね・・」
余り旨そうに煙を吐き出しているので、私はちょっと揶揄って見たくなり、代金を計
算して言いますと、彼は大真面目に憤慨しています。
「まあ・・健康被害と言われれば仕方がありませんが・・」
最後はちょっと寂しそうな笑顔です。
「田舎に帰ったのですか‥?何処です?田舎は・・?」
お茶と彼が持参して来たお土産の最中を乗せた小皿を運んで来たパートさんが聞いて
います。
彼女もこの青年に好意を持ったようです。
「長野なんです。白馬って知っていますか・・?あそこなんです」
「まぁ・・1度行ったことがありますわよ。スキーに・・。確か栂池スキー場って
ところでした・・」
「あそこの線路を挟んで丁度反対側なんですよ。僕の田舎は・・。それじゃスキー
は・・?」
「初心者も初心者なのよ・・。お勤めをしている頃に連れて行って貰ったのよ・・」
「それじゃぁ・・ごゆっくり・・」
土産を分けて貰ったパートさんは上機嫌で話をしてから部屋を出て行きました。
それから私の終業時間まで、彼は色々と話をしてくれました。
列車の中でも煙草を吸えなかった彼は、余程煙草に飢えていたのでしょう、5~6
本を灰にしております。
< 彼のお部屋へ >
「ワインは如何ですか・・?貰い物ですが・・。フランスから送って貰ったものが
あるのですが・・」
彼を待たせて、何時ものように戸締りをして本館に鍵を返して来ると、彼が言うので
す。
「まあ・・1杯ぐらいなら・・」
待ち焦がれていました彼と別れるのがちょっぴり辛く{ またあの喫茶店へでも行
こうか・・}と思っていた私は、彼の誘いに乗ったのです。
「お酒にはとても弱いのですが、ワインぐらいなら・・}と云う気持ちです。
男が男を待ち焦がれていた・・と言うのは可笑しな話ですが、私は彼に恋をしていた
のかも知れません。
でも・・その時は、肉体を繋げて・・と言うようなことは考えてもいませんでした。
「ここなんげす・・よ」
彼のマンションは12階建ての賃貸マンションでした。エレベターに乗って8階で
降ります。
廊下を少し歩いて803号室の前で彼は言いKYEを取り出しました。
1週間近く家を空けているので、新聞受け箱の下側を開けてあったのでしょう、玄関
には新聞やチラシや類が散らかっております。
「どうぞ・・」
それを拾い集めて下駄箱の上に置いて私を促します。
「失礼します・・」
靴を脱いで上がりますと、そこは2DKのマンションで、広めのDKには4人掛けの食卓
テーブルと椅子が4つ、冷蔵庫ぐらいしかありません。
男性の独り暮らしと言うことでもっと散らかっていると思っていたのですが、意外と
綺麗でした。
彼は綺麗好きなようです。(つづく)
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