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小説 舞の楽園 ( 退職記念 )


 
退職記念 - ( 4 )

  飴に釣られた訳でも無いのですが、私はこの笑顔の素敵な男性に好意を抱いたのです。
 でも、生来の人見知りだった私は、直ぐにその男性と打ち解けることはありませんでした。でも
 次第に口を開いていたのです。
 その方はそんな雰囲気を作るのが旨いのです。


「あっ。わたしは大村崇と言います。この旅行には単身で参加しているのは、あなたとわたし
 の2人だけのようですな・・」
 「わたしは津村昭夫と申します。海外旅行は初めてなので、何かとご迷惑をお掛けすると思いま
 すが、宜しくお願いします」
 頂いた飴を早速口に入れるのを見ていた彼は自己紹介を始めました。私は緊張すると喉が渇くの
 です。
 私も自己紹介をしまして、海外に出るのは初めてなことを告げています。
 「わたしもアメリカやヨーロッパは何度も出張で廻っていますが南米は初めてです。このような
 ツアーも初めて参加しました・・」
 「しかし・・ツアーと云うのもいいものですね。パスポートさえあれば、後のことは全部旅行会
 社がやってくれるのですから・・個人では何もしなくってもいいのですから・・」
 チラリとバスの前方に座っているツアーコンダクターの方を見て、大きな声と言うよりも心地良
 いバリトンで言っております。
 そうこうしている間に、スペインが統治していた当時の建物に着いてしまいました。
 バスを降りて歩いて建物内部を見学しまして、話は中断の形となってしまいました。でも、ホテ
 ルに行くまでのバスの中では色々とお話をしました。

彼は従業員が50人程の金属加工の社長さんと云うことでした。
 しかし、その仕事を息子さんが継いで、このツアーに参加をしたとのことです。
 「ワシが居ると、息子は何も決定が出来ないのだ・・!だから『旅行をして来る』と言って出て
 来たんだ・・」
 「あいつにもワシの苦労を味合わせてやろうと思ってな・・」と言って笑っています。
 仕事には厳しい社長さんだったに違いありませんが、息子さんへの愛情を感じる一言です。
 会社と自宅は葛飾区にあり、年齢は56才だと言うことです。
 「わたしは三郷です・・」
 「オウ。近いですね・・。葛飾区と言っても三郷に近い金町です。お隣じゃないですか・・」
 私が住所を告げると大村さんは「お隣だ・・」と言って驚いたような顔をしています。

  「奥様は・・?ご一緒じゃないのですか・・?」
 「女房は・・もう死んで10年ほどになるのかなぁ・・ワシの身の廻りの世話は息子の嫁さん
 がやってくれるのですが・・SEXだけは任せる訳にはいかないのですよ・・」
 私が聞いて「思い出させてしまって・・」と謝ると、冗談交じりに、そしてちょっとテレ臭
 さそうに苦笑いをしながら言うのです。
 私はこの大村崇と言う一見難しそうな社長さんが豪放磊落で洒落気もあり、内心は寂しがり
 屋さんだな・・と思いました。
 真面目でお酒もほどんと飲めない私には無いキャラクターに、私は引かれました。

  私は普段の私からは考えられないほどに、打ち解けて口も軽くなっています。
 三郷のマンションに住んでいることや、妻を突然の病魔で亡くしてしまったこと・定年で無
 職なことを話していました。
 「妻が行きたかったイグアスの滝を写真に収めて、飾ってやろうと思っています」と言い
 ました。

  大村さんは流石に社長さんです。他人の話を真剣に聞いて下さって、私に同情の目を向
 けてくれています。
 いつも、そう言った人の話を真剣に聞いてくれるのだ・・と言った態度が伺えます。
 「社長さん」と私が大村さんを呼ぶと「もう社長ではないのだから、大村って呼んで下さ
 い・・よ」と照れたように頭を掻いています。
 その夜のホテルの夕食はバイキングでしたが、大村さんとご一緒のテーブルに着いて楽し
 く過ごしたことは言うまでもありません。(つづく)

 

   
 
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