小説 舞の楽園 ( 看護婦になった私 )
- 2022/06/15
- 22:37
看護婦になった私―11
「遅かったな。何をしていた?」
応接のソファーに座っていた岸副医院長先生が静かに聞きました。
先生の前のテーブルの上の灰皿にはタバコの吸殻が山となっております。私の
来室が遅すぎたことを物語っております。
「スイマセンでした。お許しください」
私は先生の静かな声に圧倒されてしまいました。この先生は何もかも承知して
いるのだ。この先生には嘘はつけない、本当のことをお話しなければならない
と思ったのです。
「はい。屋上へ行って泣いて・・・」
そこまで言いましたが、又、涙が溢れて来て、後は顔を覆ってしまいました。
岸先生は黙ったままテーブルの上に置いてあったラークを取り上げ、火を着け
て、女のように肩を震わして泣いている私を見ながら、ゆったりと吸っていま
す。私にはその沈黙の時間がとても長く感ぜられました。
「如何言うことかね?君は優しくって優秀な看護士であると、わたしは思って
いたんだがね。悪いようにはしない積りだ。説明をしてくれたまえ」
泣き止むのを待っていたように、優しく言いました。
「許して下さい」
私は再び泣き出してしまったのです。そして、本当のことをお話して、この
病院を辞めることを決心しました。
涙をポロポロと零しながら、あの2週間前の悪夢の夜勤の夜、2人の患者さん
に襲われて犯されてしまったこと、次の日も断るつもりが、また犯されてしま
ったこと、片桐さんが退院後小林さんのものになってしまったこと、その小林
さんも明日は退院して今夜が最後の夜だったこと、等を突っ替えながらも全て
お話していました。
男が男に犯されたなんて恥ずかしい話です。何度も突っ替え、しゃくりあげ、
涙を流しながらですが、全部お話したのです。岸先生は時々鋭く質問するだけ
で、じっと私の話を聞いてくれています。
「岸先生。病院の風紀を乱して申し訳ございません。私はこの病院を辞めさ
せられても、当然の行為を犯してしまいました。病院に迷惑をお掛けして本
当にスミマセンでした」
岸副医院長は黙ったままです。又、ラークが煙となって消えて行きました。
「私は覚悟を決めました。どのようなお仕置きでも受ける積りです。もし、
ご慈悲があれば、小林さんには罰を与えないで下さいませんか?悪いのは
私なんですから・・」
岸先生はじっと本当に穴の開くほど、私の涙に濡れた蒼白な顔を見ていらっ
しゃいました。私は自分の本当に恥ずかしい体験を曝け出して顔も上げられ
ませんでしたが、先生の沈黙の方が怖くてワナワナと震えていました。
「どんな罰でも受けると言ったね。悪いことをしたと反省をしているんだ
ね?」
10分以上にも感じられました。蒼い顔に脂汗を浮かべて震えている私を、
じっと見つめていた先生は口をひらいたのです。
「・・・・」
「はい」と言おうとしたのですが、言葉が咽を出ません。口の中だけで
「はい」と答えて大きく頷きました。恐怖に震えている私にとっては、先
生の声は天使の羽ばたきのように聞こえたものです。
「何でも私の言うことを聞くかね?。幸い、私しか知らないことらしい
から・・その小林と言う患者も今日は退院するのだろう?。不問に付して
やってもいいのだが・・・私の言うことに逆らったら、君の人生は終わり
だぞ! いいな」
岸先生の低い声が天使の囁きの、否、悪魔の声のように私には聞こえまし
た。(続く)
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