小説 舞の楽園 ( ギブス )
- 2023/07/10
- 23:11
ギブス -21
今日の紀香は肩が細い紐のストラップの真っ赤なタンクトップに下は白い
ミニのスカートと云う可愛い女の子の姿であった。
「病院へは男の格好で行きたいのです。お願いします」と、言う紀香の願いも
「ダメだ。お前は女になったのだから、女の格好をして行くんだ!」と、言う
譲の強固な言葉に押し切られてしまって、そう云う格好になっていた。
病院では以前の男の紀夫を知っている看護士も多いのだ。
その時に紀香はカミングアウトをすることを決心したのだった。
「森下紀夫さん」
病院の受付で名前を呼ばれた紀香は流石に「ハイ」とは返事が出来なかった。
顔見知りの30代前半の若い医師の前に恐る恐る行っても、先生は始めは分
からなかったほどだった。
「え~と。君は・・・」
先生は慌てたようにカルテを見ているし、看護士は驚きの表情で異星人を見
るように紀香を見ていた。
「加納先生。森下です。こんな格好でごめんなさい・・・」
紀香はそう言って、ストッキングも履いてはいない白い生足をそっと差し出
した。
「あっ・・君か?おっ、見違えちゃったよ。う~んっ・・完全に女の子だ」
若い医師は動揺を隠すように照れながら言っていた。そして、壊れ物でも扱
うように、そっとギブスを巻いた白い生足を手にしている。
その時に紀香は、この優しい加納医師の女に成りたいと思ったのだ。
3ヶ月もギブスを巻いていた紀香の左足は使用しないので細くなって、垢が
溜まって真っ黒に汚れていた。
「ヨシ!。完全にくっついて治っている。細いのは筋肉が落ちただけだから。
使っているうちに肉も付いてくる!もういいだろう!」
先生は自らの手で紀香の脚を洗浄して、拭き取って骨折の跡を調べてそう言
った。
最後の「もういいだろう!」と言う言葉はちょっと名残惜しそうであったと
紀香は思っている。
「先生。どうもいろいろとありがとうございました」
「うんっ・・・元気でな・・・」
加納医師は眩しい物でも見るように眸を細めて答えていた。
看護士達がひそひそとこちらを見ながら話をしているのを聞きながら、病院
を後にしていた。
翌日、紀香は信用金庫へ出かけて、辞表を出していた。
綺麗にお化粧して白い生足にフレアースカートを履いた紀香が事務室に入っ
て行くと、同室の同僚達が「オウッ・・」と言った顔をしている。中には、
「いい女だな・・」とに妬けた顔もある。
コツコツコツと白い素足に履いた白いサンダルの音を立てて課長席に近づく。
課長は決済書類に判子を押していたが周囲の雰囲気を察したのであろう、フ
ト顔を上げていぶかしげに近づいてくる紀香を見た。
紀香が入院中に1度だけ見舞いと言うよりは事務手続きの為に病院へ顔を出
した課長であった。しかし、他の同僚達は1度も見舞いにも来なかった。
(続く)
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