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小説 舞の楽園 ( ギブス )

 
        ギブス  -22
 紀香はそれを冷たいと思った。病院は同じ市内にあるし、普段は同僚として
お付き合いをしていたのである。
もうこんな信用金庫には居たくはないと思った原因の1つだった。
「課長。いろいろお世話になりました。森下紀夫です」
紀香は今日、カミングアウトの覚悟を決めていた。それで、女の姿で金庫を
訪れていたのだ。
「今日は、お仕事を辞めたいと思いまして・・・これを書いてまいりました。
受け取って下さい。皆様もお世話になりました」
手に持っていた辞表を差し出して、瞠目している全員に挨拶をした。
「あっ!森下君・・・」
紀香が入って行ったことでざわめいていた事務室の中が一瞬シーンと静まり
返ったようだ。そこに居た全員が紀香の方を見ている。
「理事長に・・」
そう言って、課長は焦ったように立ち上がった。ガタンと大きな音がして椅子
が倒れたが皆は笑うことすら出来なかった。
「こっちへ・・・」
課長は理事長室の前まで行って、紀香に入るように促していた。紀香はもう
破れかぶれな気持ちとなっている。轟然と胸を張って理事長室に入って行っ
た。もう、理事長も課長も怖いとは思わなかった。
「理事長。失礼します。森下君が・・・辞めたいと言って辞表を持って来て
いますが・・・・」
大柄で頭の禿げた理事長の腰布着との噂のある課長は揉み手をしながら言っ
ている。
<本当に、この課長は理事長にゴマをするのが上手なんだから・・・>と
紀香は思いながらも頭を下げていた。
「君は・・・?森下君の・・・お姉さんですかな?」
紀香の顔を知っている理事長はそう言いながら、身振りで応接ソファーを紀
香に薦めている。
「理事長。森下君本人です・・・森下君自身です・・・」
課長が悲鳴のような声を上げて理事長のそんな動作を止めようとしたが、
紀香は嫣然と笑って応接セットのソファーに斜めに座った。その座り方は
女性そのものであった。
「森下君か・・・?」
理事長はあんぐりと口を開いていた。
「何時からだね・・・?」
その問いには答えずに、紀香は細くした眉を上げて微笑んでいる。
「今日は・・・辞表を持って来ましたの・・受け取っていただけませんこと?」
昨日から練習した作り声で言った。旨い具合に女声で言えたと思っていた。
「それでは、失礼します」
辞表を応接テーブルの上に置いて優雅な動作でお辞儀をすると、白い中ヒール
のパンプスを引き寄せてソファーから立ち上がった。理事長と課長とは驚きで
声も出せない様子である。
颯爽とした態度で理事長室を後にしていた。(続く)
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