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小説 舞の楽園 ( 私は薫 )


         「 薫 」(1)
   <酒場の大将>
 私は今日も、行き付けの居酒屋のカウンターの隅の指定席で飲んでおります。
まだ、あの人はやって来ていません。
65歳を優に過ぎていると思われる、この居酒屋を1人で切り盛りしている大
将と話をしています。
この大将とは不思議と言いましょうか、妙に気があうのです。お店にお客様が
大勢いる時にも、大将は他のお客様はそこそこにして私とおしゃべりをしてい
る時間が、私には長いように思われるのです。
私は独りで密かに「大将のお気に入り」だと思っております。
そうそう、大将がお気に入りの人間がもう1人いるのです。『今ちゃん』と言
う人なのです。私が待っているあの人なのです。
 
今日は雨が降っているせいか、お客は私独りです。
それで大将とカウンター越に、愚痴話や今世間で話題となっている汚職事件の
ことを話していました。
「今ちゃんのことを好いているのかい・・・?」
話題が1段落して,大将が私の飲み干した盃にお酒を注いでくれながら、ポツ
リと言ったのです。
突然大将がそんなことを言い出したので、私は焦ってしまいました。そんなこ
とを周囲の誰からも言われたことはありませんし、大将からもそんなことを言
われるとは思っても見ませんでしたからなのです。
「ああ、あの男は好い男だからね。気持ちの良い男ですよ・・・」
それで、私はそのように答えていました。いや、焦っていた私にはそういう言
葉しか思い浮かばなかったのです。
 
『今ちゃん』と言う男性は、正しくは今井義男といいます。年齢は私より3
つ下ですから確か58歳のはずです。
呼び名の『今ちゃん』はお判りだと思いますが、姓の上の一文字の『今』を
取って『こんちゃん』と呼び替えているだけなのです。

私の名前は『山路薫』と申します。
年は61歳、既に会社も退職していて毎日が日曜日と言ったところです。定年
と同時に、濡れ落ち葉となる前に離婚をしていて、いや、させられていまして、
今では独り者の寂しい一人暮らしの男と言うところです。子供はいませんでした。
最近になって、やっと身の回りのことが出来るようになりました。外食ばかり
では栄養も偏ると考えて、簡単ながら少し料理も作るようになって来ました。
自分で言うのも何ですが、その料理は結構いけると思っています。
 
大将は言っています。
「そういう意味じゃないよ・・・惚れているんじゃないか?」
• ・・・と、突っ込んだことを言うのです。今日の大将は、いつもと違って
遠慮と言うものを知らないようです。
「ああ・・・男心に男が惚れて・・・」
大将の遠慮の無さに、私は鈍感を装って茶化しています。だって、恥ずかしい
じゃありませんか・・・?中年男に「惚れているんじゃないか?」なんて聞い
てくるのですもの・・・【続く】
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