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小説 舞の楽園 ( 私は薫 )


         「 薫 」(28)
 大将は店を開けた。相変わらず客は少ない。
「これからは山ちゃんは、いや、山ちゃんと呼ぶのは止めような・・・。俺も
『薫さん』と呼んでもいいかい?」
それでも入って来た客が途切れると客の銚子を片付けながら、大将は言いかけ
たのを止めて俺に聞いている。
「薫さんなんて言わないで下さいよ。薫と呼んでやって下さい。あいつもそう
呼んでくれた方が喜びますよ」
大将が俺に気を使ってくれて薫さんと言ってくれるのを、嬉しく思いながらも
そう答えていた。きっと、俺の薫も大将には『薫』と呼び捨てにされた方が、
何よりも嬉しいのではないかと思っていた。大将に『薫さん』などと呼ばれた
ら「お尻がこそばゆくって、仕方がないわ・・・」と言うだろうと思っていた。

「これからは薫はこの店には来ることはないだろう。今ちゃんも店に顔を出す
ことが少なくなるだろうから、上得意を2人同時に失うことになるのは辛いな
あ・・・」
さっきの話の続きみたいに軽い冗談と言う形で、大将は言っている。
「いいえ。私は今まで通りに来させていただきますよ」
確かに薫は今までより大将の店に来なくなるかも知れないが・・・と思いなが
らも、俺は言っている。
「そんないい加減な気持ちで引っ付こうとしているのか?」
ところが、俺がそう言ったとたんだった。大将は怒ったような真剣な顔をして
俺に言っている。
「お前さんの女になると告白した薫にとっては、もうお前さんだけが頼りなん
だよ。そう言うことをしっかりと頭に叩き込んでおきな・・・」
• ・・とも、言われてしまった。
そう言われれば、その通りだと思ったんだ。女になったことで世間が狭くなる
であろう薫にとっては、頼れる者は俺1人になるであろうと思われる。
俺は未だに独身気分が抜けていないのではないかと反省しきりであった。そこ
で、大将には心構えを教えて貰ったお礼を言ったんだ。
怒っていた大将の顔は見る見る柔かくなって、元の顔に戻っていた。
 
「時間が遅くなっても良いのですか?」
「まあ、少しならね・・・」
俺の問いに大将も答えている。
今日は大将を相手に少し酒を飲みたい気分である。そして、そのことを大将
に話すと大将も同じことを考えていたらしいのだ・・・
おそらく、今日の酒は薫だって納得してくれると思ったのだ。
結局、その夜は遅くまで大将と飲んで話をしてしまった。
 
「大将と楽しくお酒を飲めたの?そう、良かったわね」
薫の家へ帰ると、薫はニッコリと笑って出迎えて聞いてくれた。
「今日は大将の奥様に、あっ、千寿さんと言うのよ。千寿さんにいろいろと
教えていただいちゃったのよ・・・」
今日1日でますます女らしくなった薫は嬉しそうにそう言っている。大将の
奥さんに仕込まれたのであろうか?ますます可愛いと思ってしまう俺である。
「帰って来て、時間が無くなってしまって、大したものが出来なくてゴメン
ナサイね」
とも、言っている。その態度がまた可愛くて耐まらずに、抱き寄せてキスを
してしまった。【続く】
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