小説 舞の楽園 ( 熟れた男達 )
- 2019/05/04
- 01:04
熟れた男達 < 36 >
「どうかしましたか・・?」
正子が駆け寄って、手を引いて起こそうとしたのだ・・
正子はこう云うところがあるんだ。他人にも優しいのだ。俺が気に入っているところだ。
「あっ・・」
土がベッタリと付いた手を取ったところで、正子の顔色が変わった・・
「酷い熱!救急車を・・呼んで・・」
矢張り泥が付いたお爺さんの土気色のオデコにオデコを押し当てて、蒼い顔で言っている。
「すぐそこに・・内科医が居る・・!そこに担ぎこもう!俺が・・負ぶってやる・・!」
公園の裏側に内科医がいるのを知っている俺が、背を向けてしゃがんだ・・その背に女共
に抱き抱えられて、そのお爺さんを背負わせたんだ。
熱でもう意識が無いのだろうグッタリとしている。俺の背中が燃えるように熱かった。
そこの内科医は個人病院で先生と看護師は奥さんと若い女性だけの病院だ。
俺の母親の患りつけの病院で、俺も風邪など患った時に診療して貰ったこともある。
そこの先生は初めは迷惑そうな顔をしたが、顔を知っている俺が背負って運んだのだ。
嫌・・とは言わせなかった。
兎に角、見てくれることになった・・
俺が担ぎこんだお爺さんは肺炎を起こしていたんだ・・。「もう少し遅かったら・・死
んでいた・・」と見てくれた院長は言っていた。
その2床しかない個人病院に入院させて、警察を呼んだのだ。
僕等から発見当時の事情を聴いた警察は、結局のところ何もしなかった。・・と言うより
何も出来なかったのだ・・
彼自身の身元を証明出来るものは何も持ってはいなかったし、彼は意識も朧で何も答
られないのだ。身元が判ったら連絡をする・・と言って警察は帰って行った。
病院を移すことも考えたが、「今は動かさない方がいい・・」とも言われたので、従う
より方法がなかった。
俺と女共はお爺さんの入院手続きをして家に帰ったのだ・・
そのお爺さんは汚れていたので良くは解らなかったのだが、年は俺と睦子の中間で50
台の中頃と思われた。
もっとも・・これは後日見舞いに行って、病室で寝ている時に判明したのだが・・
高熱を出して眠っている男性を俺達は助かるようにと祈るような気持ちで見まいに行
ったのだった・・
4日も意識が無く眠っていたお爺さんは5日目になって熱も下がって目を開いたんだ
・ ・けれども、高熱が続いた為にか以前のことを覚えてはいないようで、名前も無論
住所も思い出さない。
その後、警察も事情聴取に何度も来たようであるが、結局は何も聞き出すことが出来
なかったようである。
先生は「一過性のもので、時間が経って何かあると、ポツリポツリと思い出すことは
よくあることだ・・」何て言っていた。
兎も角、10日ばかり入院していて、俺が身元引受人となって俺の家へ引き取ったの
だ。
入院費用は正子が支払った。
その時に初めて知ったのだが、正子の銀行口座には正子の退職金が残っていたのだ。
正子はその中から病院への支払いを済ませたようである・・(つづく)
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